左上を見つめていよう

ぼくは空想的なこととか未来志向のことを考えているとき、左側を見るくせがあるようです。
逆に言うと、右側を見ながら、飛躍したこととか、バカ明るいこととかを考えるのは難しいのです。
右脳とか左脳とかの役割の違いを意識したところで、胃を意識したからといって食べたものを早く消化できないのと同じで、あまり意味がないと思っているので興味がないのですが、ぼくは左上を見ているとなんだかそれだけで明るい気持ちになることも分かりました。
意識して、左上を見るようにしてみようかと思います。
アーカイブ : 2009年 11月

ぼくは空想的なこととか未来志向のことを考えているとき、左側を見るくせがあるようです。
逆に言うと、右側を見ながら、飛躍したこととか、バカ明るいこととかを考えるのは難しいのです。
右脳とか左脳とかの役割の違いを意識したところで、胃を意識したからといって食べたものを早く消化できないのと同じで、あまり意味がないと思っているので興味がないのですが、ぼくは左上を見ているとなんだかそれだけで明るい気持ちになることも分かりました。
意識して、左上を見るようにしてみようかと思います。
ひとのためにやっていると思ってやっていると汚れていってしまいます。
う〜ん。名言と出逢った。
「もの」に関しては小さな違いにテッテイテキに気がつけるようになりたいものです。
ところが「ひと」に関してはぼくはその逆を進みたい。
「もの」の小さな違いに無頓着なひとが、「ひと」の小さな違いにはやたらと気づくのは、面白いものじゃないとぼくは思います。さらに、大きな違いには危機感を覚えずに、小さな違いには危機感を覚え、小さな違いを攻撃したりするなどつまらない。
「もの」に関しては小さな違いにテッテイテキに気がつけるようになりたいものです。
「ものごと」に関しては大きな違いに危機感を覚えられるようになりたい。
「ひと」に関しては、大きな違いも小さな違いも関係なく、単なる違いとして認識できるように、なりたい。