手触りを忘れないということ

手に触れられるものを作った覚えは、義務教育時代の図画工作や美術、家庭科の授業くらいしか思い出せない。木を削ったり、銅板を叩いたり、布を裁縫したり。料理はたまにやりますが、料理は少し違います。料理は、素材を加工していくに従って、徐々に手で触らなくなっていくものだからかもしれません。
義務教育課程を終了してから、手で触れる「もの」を作った覚えは本当に片手で数えられそうです。仏像を削りだしたことはないですし、マフラーを編んだこともありません。
大学生になって、自分専用のパソコンを手に入れてから、昔から書いていた文章も、紙からディスプレイに移行し、1nmの凹凸も失ってしまいました。
それからかなり長い時間が流れたと思っています。
文章を書いたり、絵を描いたりするのは、好きだというよりは、手遊びに近いもので、紙片や余白を見つければ埋めたくなるという心理なのだと思うのですが、1円にもならない言葉やら、絵やらは集めてみたなら、大層な量になると思います。余白を埋めるだけの文字の羅列でも、蠅の軌道のような落書きであっても、繰り返し繰り返し同じようなことを続けることで、上手になっていくものだと信じています。
上手になりたいと意識しだしたのはいつのことか分かりません。上手になるためにはどうしたらいいかを考え始めたのもいつからなのかも分かりません。
しかし、いつの日か、わたしは手触りが大切なのだと思うようになりました。
触れるものではないのだから、手触りを常に意識しなければならないと。
さて、手触りを忘れないように、明日も早く起きられるように。
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