一点を見据えることに立ち返る

golfhall

意識するしないに関わらず、以前のわたしは一点を見ていたのだということに、いまさらながら気づいた。

それは俯いて一点を見ていた姿勢を、顔を上げて風景を見つめる姿勢に変わったということではない。良い悪いでいえば悪い姿勢に変わっている。ゴルフに例えて言うならば、グリーンがいくつもあるようなコース。どこに入れてもいいですよと言われ、とりあえず、どこのカップにも遠からず近からずのフェアウェイキープを狙って第一打を打とうとしている姿勢に近い。

ひとつのカップを狙うことが重要だ。距離を読み、風を読み、今日の自分の体調と相談して、クラブを選択するということは、一点を見つめていることでもあり、全体を見つめているということでもある。

全体を見て何かにとりかかるというのは重要だが、何かを決めずに全体を見たところで、私たちはクラブを選択することすらできないだろう。

一点を見つめることに立ち返らなければならない。

それはゴールと呼んでも、過程と呼んでもどちらでも構わない。風が吹く度に、風が吹いていると感じることと、この風ならばこう打とうと感じることでは大きな差がある。

日常を感じるためにも、いまのわたしには、一点を思い返すという行程が必要なのだと、ふと気づきました。

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草上で空を眺めるということ